TRIZ応用の発明発想支援ソフトIMLab評価記事

TRIZ応用の発明発想支援ソフトIMLab評価記事

以下は、井形が執筆し「実際の設計研究会」名で日経メカニカル97年3月3日号に掲載されたIMLab評価記事です。実際に掲載されたものとは一部異なります。

Invntion Machine Lab 2.11

米Invention Machine社が開発した、TRIZをベースとしたソフトウエア"Invention Machine Lab."(以下、IMLabと略す)を試用した結果を紹介する。同社はこのソフトを「TRIZ理論をベースに、Innovative Technology of Design(ITD)と総称される設計・発想支援ツール」だとしている。機械・化学・電気などの分野にわたる、イラストを多用した豊富な知識ベースを持つ。

プラットフォームは次の通り。IMLabはWindows版とMacintosh版があり別製品となっている。 Windows版の場合、Windows3.1以降に対応する。必要メモリは4MB以上、ハードディスクを42MB占有するが部分インストールも可能である。表示画面は640×480SVGA以上のカラー画面が推奨されている。

OSに日本語Windows95を搭載するDOS/V機の他、Windows3.1を搭載するNEC PC9821Xs(486DX2/66MHz)といった旧型機種でも問題なく作動することを確認した。オフィスにあるパソコンであれば使用できるはずである。

製品にはVHSビデオが添付されているが、これはソフトの使い方を解説するものではなく、TRIZとITDの概要と有効性を紹介する内容である。

マニュアルは約180ページにおよぶ。丁寧に書かれ、後半には実際のユーザーの使用例を紹介したケーススタディが多数紹介されている。ソフトウェアには、場面に応じた詳細なヘルプとキューカードとよばれるアドバイス画面の表示機能が付いている。

インストールが終了したら、"Invention Machine Lab 2.11"というアイコンをクリックしてソフトを起動する。IMLabでは、自分の専門外の原理や事例に数多く触れることになる。この先に進む前に科学技術用語全般をカバーする英和辞典を用意しておきたい。

問題を三つのモジュールに振り分け

初期画面には、IMLabの3つのモジュール"IM Effects","IM Principles","IM Prediction"を起動するアイコンが並んでいる。"You need to:"で始まるこの画面は、ユーザーが解決しなければならない問題の種類によりユーザーを上記の3つのモジュールのいずれかに誘導する構成になっている(図1)。

 図1

(1) IM Effects

必要な機能を実現するために応用できる、さまざまな科学的法則・原理を見つけ痛い場合に使う。例えば、「液体を動かす」という機能を実現したいとする。IMLabはヒントそして「電気浸透」から「衝撃波」まで35種類の物理的な法則・原理を提供する。

(2) IM Principles

矛盾対立する問題を解決したい場合に使う。例えば、壁面の厚みや材質を変えることなく円筒容器の内圧(耐圧)を上げたい場合、圧力を上げようとするときに壁面の強度を変えないとするところに矛盾・対立が生ずる。

IMLabはヒントとして「事前対策予防」の原理というものを提案する。それを解決の糸口にして、応力をあらかじめ発生させておくことのような解決策を考えるわけである。

(3) IM Prediction

製品の次の段階を予測することにより飛躍的な改善を実現したい場合に使う。 例えば、現行のバキューム式掃除機は、均一の力で吸引している。

IMLabは現行の設計に対する将来の発明的な解を予測する。「パルス状の力で吸引」から「ノズルが共振する周波数を利用した吸引」までの「進化の過程」に当てはめる。その結果、掃除機のノズルを軽い力で動かせる性能と掃除性能の両方を大幅に改善できる。

アイデアの"泉"Effects

"IM Effects"のソフトウエアの操作方法を詳しく説明する。"IM Effects"は機能実現手段の辞書に似た構成になっている。グループ分けされた一覧表"Functions"の中から自分の実現したい機能を選ぶ。すると、それを実現する科学的な法則・原理が右上のウインドウ"Proposition (Effects)"に列挙される。各原理毎に右下のウインドウに実施例が挙げられている(図2)。

さらに、おのおのの科学的な法則・原理ごとに、右下のウインドウ"Examples"に実施例が挙げられている。このモジュールに収められた科学的な法則・原理は約300種類、原理や実施例に添えられたイラストは約1300点にのぼる。

 図2

左のウインドウ"Functions"の中の技術的に所望される機能一覧は「物質を取り出す(OBTAIN SUBSTANCE)」「物質を消去する(ELIMINATE SUBSTANCE)」などといった11の台分類に分かれている。グループ別でなくアルファベット順の表示もできる。

例えば「物質を動かす(MOVE SUBSTANCE)」という大分類項目を開く。その下位概念として「ルースな物質を活性化する(agitate loose substance)」「ガス状の物質を動かす(move gaseous substance)」「液状の物質を動かす(move liquid substance)」などの選択肢が19ほど並んでいる。

この中から「ルースな物質を活性化する(move gaseous substance)」を選ぶと、右上のウインドウには「可聴帯域振動(acoustic vibration)」「ブラシ構造(brush construction)」といった8つの科学的な法則・原理がヒントとして表示される。この中から原理をひとつ選ぶと、その下の"Examples"のウインドウに実施例のリストが表示される。

ここで、例えば右上の科学的な法則・原理を表示したウインドウの「音響振動(acoustic vibration)」をダブルクリックする。すると、その科学的な法則・原理を説明する画面へと移る。イラストを用いた平易な解説があり、出典とその他の参考文献の情報が添えられている(図3)。

 図3

この画面の中央下にある"Examples"と書かれたボタンをクリックする。今度はこの科学的な法則・原理の実施例の画面へと移る(図4)。ここでも同様に、選択した科学的な法則・原理を実際に適用した例がイラストを添えて解説されている。

 図4

ユーザーは、提案された原理とそれぞれの原理の実施例のページを自在に行き来し、自分の問題の参考になる内容を探していく。自分が抱えている課題の参考になりそうな内容を探していく。「これは」というページを見つけたときは、画面左下の"Add to report"というボタンを押してレポート作成用のデータに加えていく。画面左上のアイコンをクリックすると、レポート編集の画面にいつでも移ることができる(図5)。

 図5

さらに、作業中にアイデアを思いついた時は、"Concepts"ボタンでアイデア記録画面を呼び出し、ここにメモしていく(図6)。Conceptsの内容は先ほどのレポートに加えられる。もちろん加えない設定も可能である。また、同じ画面でアイデアを自己評価するメモを作れる。

 図6

さらに、固体・液体などの「物質」や電磁場などの「場」といった"資源"の中から使えるリソースをリストから指定して対象となる範囲を絞り込んだり、各原理・実施例を一覧・検索したり、他のモジュールを起動したりするボタンが画面上部に並んでいる。

矛盾・対立を解決するPrinciples

次に"IM Principles"の内容を見てみよう。"IM Principles"は、IMLabの中核をなす。TRIZ理論そのもの、すなわち、矛盾・対立問題の解を提案する知識ベースになっている。

最初に、自分が解決したい問題を「AによってBという機能を実現したいがCという問題がある」という形の文章で記述する。この表現は、この後さまざまな原理や実施例を見ていく中で、目的をはっきりさせるために常に画面上に表示される。

文章はソフトの動作自体には直接影響しない。ユーザーが自分の問題とIMLabの提案内容の関係を確認し必要に応じて問題の定義を見直すためのものである。作業中必要を感じればいつでも自由に書き換えることができる。

このような矛盾・対立が生じるケースでは、従来2つの特性をバランスさせる手法がとられてきたが、安易な妥協は問題に正面から取り組むのでなく避けていることになり、質の低い設計を生んでしまう。"IM Principles"はこのような状況をブレイクスルーするヒントを与える。

 図7

"IM Principles"の初期画面は"IM Effects"のものによく似ている。画面左半分が上下に分かれ、上が「改善したい特性(Improving Feature)」下が「その結果悪くなる特性(Worsening Feature)」のリストになっている(図7)。これは、アルトシューラーの矛盾対比表そのものである。アルトシューラーの矛盾対比表は日経メカニカル96年4月1日号pp42〜43に掲載されている。

改善したい特性とその結果悪くなる特性をクリックする。矛盾対比表に39×39の組み合わせを反映して、提案される"原理"が変化し、図7の右上のウインドウ"Proposition (Principle)"にそれらを表示する。

選択される原理の数は矛盾対比表をの39×39の組み合わせをにより一つ〜四つある。選択される原理が複数ある場合は、可能性の高い項目から順番に並ぶ。選択される原理の母集団は40種ある。原理の詳細は日経メカニカル96年4月15日号pp48〜49に掲載されている。

この先の操作は"IM Effect"と同様で、特性の組み合わせ、原理、実施例を行き来しながら自分の問題の参考になる内容を探していく。特性に関しては39という限られた選択肢からユーザーの問題に合うものあるいは近いものを探すことになるので、あてはまる可能性のあるものの組み合わせを全て試してみることになる。事例は約230件が登録されている。

技術の進化を予測するPrediction

最後の"IM Prediction"は、既存の設計の改良案を提示するモジュールである。ユーザーはまず、対象となるシステムを2〜5個のオブジェクト(いわば登場人物)にモデル化・単純化し、その中から選んだオブジェクト2つの間の相互作用という形で問題を定義する。次に、その相互作用をどうしたいかを下のウインドウ(Define required change of action)から選択する。

このウインドウは「強さを変える」「向きを変える」「構造を変える」「時間を変える」の4つのグループに分かれ、この中からひとつを選ぶと右上のウインドウにさまざまな定石にそったコンセプトが紹介される(図8)。

 図8

例えば、「2つのオブジェクトの間に新しい物質を置く」、「オブジェクト1を別の物質で作ってみる」、「オブジェクト2に新しい物質を取り付ける」...などにより、相互作用を希望にそって変化させることができないかを検討していく。

以上は"Transformation Line"というモードであり、もうひとつ、特性を測定するためのアイデアを提示する"Measurement Line"というモードもある。これも基本的な使い方は同様である。

他の2つのモジュールと同じく豊富な実施例が参照でき、レポート作成支援などの便利な機能がある。特に、この"IM Prediction"モジュールの約300の実施例は、新旧の設計をワンタッチで画面を切り替えて比較できるよう工夫されている。

また、画面上部のSカーブのアイコンのボタンを押すと、13種類の設計進化のトレンドを図で見ることができる。

例えば、「場・力・アクションのトレンド」では、「一定値」→「単調増減」→「振動」→「パルス」→「共振」→「定在波」→「進行波」と進化していくパターンが示されている(図9)。現在の設計がパルス的な振動を用いたものであれば、共振や定在波などの適用を検討してみると面白い結果が得られるだろう。

 図9

"良い"設計かどうかは別問題

以上、簡単であるがIMLabの使い方を紹介してきた。IMLabは、TRIZ理論とそれを補うITDと総称される設計支援技術を正確にソフトウェア化しただけでなく、設計知識ベースとして非常に完成度の高い製品になっている。さまざまなアイデアを記録を残しながら次々に参照していける機能は、アイデアに詰まっている設計者にはまたとない刺激となる。

設計の問題は、対象をいかにうまくモデル化できるかが解決の分かれ目になる。IMLabでは、このモデル化に相当する「言い替え」の作業が若干わずらわしい。だが、逆に問題をはっきりさせないまま解を求めることは徒労に終わることになる。言い替えは避けて通れない。

IM Effectsは問題定義の形式がシンプルであり、はじめてのユーザーでも比較的容易に使いこなせ、さまざまなアイデアを得ることができる。三つのモジュールのうち、まずIM Effectsから使ってみることをお勧めする。

ある程度規模の大きい設計グループの場合、IMLabに習熟した専任のグループを置き、社内コンサルタントが教育するような運用を行うことも効果的と思われる。

なお、96年末、Invention Machine社は「TechOptimizer」というIMLabの"プリプロセッサ"に相当するソフトを発売した。グラフィック画面を活用して比較的複雑な問題の機能解析を支援し、IMLabへの橋渡しをする。

最後に、IMLabのような設計知識ベースは、さまざまな有用なアイデアを提供してくれる。反面、その結果がロバスト設計や機能の独立性などの観点で「良い設計」であるという保証はないことに注意したい。

例えば、2つの部品を統合して目的を達したとする。もとの2つの部品が以前それぞれ満たしていた機能を統合後の部品が同様に安定して果たすかどうかは別問題であり、十分注意する必要がある。将来は、DFMAやQFD,SQC,タグチメソッド,VE,公理的設計法など、設計を客観的に評価するさまざまな手法との融合が進むだろう。

またIMLabは非常に優れた製品だが、一般に日本人設計者の思考パターンはやはり日本語という言語にそったものである。知識ベースの内容が多岐に渡ることもあり困難な作業ではあると思うが、日本国内でのセミナー・サポートなどの体制の確立とともに日本語版ソフトの登場を期待したい。


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