TRIZに関する個人的コメント

TRIZ(トゥリーズ)に関する個人的コメント

ここでは,TRIZを紹介しいくつかの文献に触れてきた経験から,何度か聞かれた質問に答えることを兼ねて,感じていることを述べます.

(1)日本で役に立った事例は?

日本でTRIZが実際に役に立った事例はまだあまり紹介されていません.これは他の設計手法にもいえることですが,後知恵で「あのアイデアはTRIZで簡単に出せる」といった説明はいくらでもできるのですが,本当の素晴らしいアイデアは当然各社の機密に触れる内容でもあり,なかなか事例として明らかになりません.Invention Machine社の持つ「球面を利用したピザボックス改良のアイデア」が実用化されたら面白いと期待しているのですが.

しかし,例えば自動車用品の店で携帯電話のホルダーを見てみて下さい.さまざまなサイズ・形状の電話機を保持するために「ブラシ構造」を採用した製品を見て,TRIZを学んだ方はかならずニヤリとされることでしょう(TRIZを利用して考案されたという意味ではありません).

一方,DFMAなどといった定量的手法では,組み立て時間の短縮などといった「堅実な」実例が多く紹介されていますが,これとTRIZを比較することはあまり意味がないように思います.下記(2)に示すように,TRIZで最も重要なのは,設計者の創造性を刺激し引き出す点にあると考えるからです.

(2)投資する価値があるのか?

役に立つことが「証明」できないのに企業として投資する価値があるといえるのか?というのももっともな質問です.これは全く個人的な意見ですが,いわゆる製品設計の中で硬直した設計者の感覚を刺激するだけでも十二分に価値があると考えています.

TRIZで得られるアイデアは特許を元にしたものですので実現可能性に乏しいものも少なからずあります.しかし,メンバーの質に大きく左右される従来のブレインストーミング手法に代えてTRIZを応用することは非常に有効だといえます.

(3)TRIZソフトは使えるか?

TRIZを応用したソフト製品を供給している会社は現在2社あります.

Invention Machine社は,IM LabやTechOptimizer(最新のものはこの両者を結合した TechOptimizer Pro)といったソフトウェア製品を販売し,企業向けにコンサルティングを行っています.最初の製品IMLabのうちIM-Effectは,やりたいこと・実現したい機能から応用可能な物理効果を検索するもので,特にTRIZの理論に精通していなくともすぐに応用可能な内容になっており,TRIZの入門としてふさわしい内容になっています.一方,問題のモデル化を支援するTechOptimizerはその野心的な試みとは裏腹に習熟に時間を要し,現実の問題を当てはめるのは難しいという恨みがあります.日本では,三菱総研が総代理店となり企業コンソーシアム形式で日本版の開発を行っています.

Ideation社のソフトは,この会社の行うコンサルティングのためのツールという感じがします.ソフトはWindowsのヘルププログラムのデータファイルであり,アプリケーションではありません.ヘルプ・プログラムを利用するのはWindows上でハイパーテキスト機能を実現する簡便な方法ではありますが,背反として使い勝手に制約が生じます.日本では,伊藤忠テクノサイエンスが販売を開始しました.

注意すべきなのは,TRIZ理論は非常に広範なものであり,ソフトウェアはこれらの一部を取り出したり,独自の解釈で変形したり体系づけたりしたものであるという点です.また,ソフトウェアを購入するだけではTRIZを十分に活用することは困難ですので,日本でのサポートやコンサルティングの体制が整っていることは,これらのソフトを生かすための必須条件です.

またいずれも現在入手可能なのは英語版のソフトのみで,事例や物理法則を次々に表示されても個々の理解に時間を要するため,効率的な利用を阻んでいる面があります.早期かつ質の高い日本語化が望まれます.

(4)問題の定式化が難しいのではないか?

設計問題を物理効果の対立に変形していくのは,TRIZの主要な解析手法ARIZの基本ですが,この変形は容易でない場合も多いと思います.

しかし,一方で製品設計・量産設計では,強度と質量,速度と耐久性といった二律背反は日常的なものですので,これらの問題を物理的対立に変形することは比較的やりやすいともいえます.

Dr. Mats Nordlundの経験によれば,一般的なエンジニアが十分に活用できるのは「実現したい機能から応用可能な物理効果への指針」(IM社のIM-Effectsに織り込まれています)ぐらいであろうということで,これにはある程度同意せざるを得ません.

(5)最後に

以上,TRIZについて主観的な意見を述べてきました.ある方にいわく「TRIZは技術者の遊園地である」また別の方にいわく「TRIZはおばあちゃんの知恵袋」.いわゆる設計手法と総称されるものの中で,TRIZほど使って楽しいものはないのではないでしょうか.これは,自己の知識の制約や心理的惰性を乗り越えることの壮快感に他ならないと感じます.

(6)TRIZを入り口として

TRIZは設計者の思考に法則性があることを利用した優れた手法ですが,TRIZを利用して最初はいくつも特許のアイデアが出るもののやがて行き詰まるというケースも耳にします.

これは,TRIZが設計者の思考過程の一部のみをモデル化したものであること,二者が対立する構図で考える弁証法的な考えかたが日本人に馴染みにくいこと,特許データベースを元にしているので事例・原理の実現性の裏付けが弱いこと,などの理由によるのではないかと思います.

東大畑村教授らの提唱する「創造設計原理」はTRIZとは全く別に考案されたものですが,「設計者の思考過程の解析」に着目している点を始めTRIZとの共通項も少なくありません.「創造設計原理」は実際の設計経験を基盤とし,失敗情報の伝達や決定過程の解析などを含んでおり,将来これを基にした(真の意味の)CADが実現すれば,より強力な設計支援が可能になると考えています.

「創造設計原理」とTRIZの関係については「TRIZ入門」を参照下さい.


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